CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
SEARCH THIS SITE.
SELECTED ENTRIES
tweet
Cheer Down
LINKS
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
猫のための部屋づくり
猫のための部屋づくり (JUGEMレビュー »)
ジャクソン・ギャラクシー,ケイト・ベンジャミン
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
PROFILE
SPONSORED LINKS
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
OTHERS
猫胡坐-空の色に似ている

「夏への扉」で猫知らずとそうでない-膝に乗せて読むのとでは随分違う感想を持つことを知った。感触が変わる。

大貫さんが猫と時間を共有しはじめたのは『考える人』で知っていた(e-daysにも お土産はいりません)。その猫が3日ほど戻ってきてないという話は先々月の大滝さんをゲストにしたFMで聴いた。で、先月のFMでは一ヶ月ほど戻ってないという話だった。

で、今回のエッセイで「空の色に似ている」の話が出てくる。天川蒼生人が浅葱に語るこの場面はよく覚えている。といってもどうも猫好きの妄想-譫、という印象だった。ここで鷺巣の放つ「人間さまが手前勝手な理屈をこねたところで」「とどのつまり 猫は猫さ」という言葉の方が強烈に残っていた。「人間に飼われたって野生さ 猫として生まれ猫として死んでゆく それだけだ」にむしろ共感していた。が、結局のところ鷺巣冬城は猫の如く視界から姿を消す。本当は何処に行ったのかも判らない。

かてて加えて実はこの作家自身もまるで猫の様に姿を消した。ともかくメディア(雑誌)という光があたっていると僕からは見えない。でもメディアという光がないところでは当然見えない。

改めて単なる「野々宮浅葱好き」視点の読後感とは違うものがあるなぁ、と。そうそうチィは茶黒、でミィはキジ白。なんてことは気にもしなかった。

大貫さんのとの繋がりでは最初に読んだころ、は「午后の休息」「愛は幻」「蜃気楼の街」「雨の夜明け」なんて聴いていた。Chapter2なんて「午后の休息」がぴったりと来ていた。

猫好きの作者の本はやはり猫抜きでは印象が変わるのか。伊丹さんやヘミングウェイも変わるんだろうか。猫が結構乱入してきていた山下洋輔さんの本は猫胡坐で読み直したほうがいいのかな。

JUGEMテーマ:日記・一般
| アニメ・コミック | 20:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
空の色ににている/内田善美

Sora主人公は当時としては珍しくも陸上の長距離部に所属する。「そのうちマラソンランナーになるよ」なんて台詞もあるけど−つまりその部分はそんなに重要ではない。内田善美初の連載にして−なんとか無事にゴールした作品。



先に書いてしまうと、この作品の「秋から冬」の章に登場する猫を抱えた少女が「草迷宮・草空間」では人形になり、その人形が「星の時計のLiddell」で謎めいた写真へと変化していく。瞬間的にはなにか掴めたような−それこそ脳のパルスに反応したような気になるけれど次の瞬間にはもう判らなくなるような「星の時計のLiddell」。終盤にはダイアローグでなにかを伝えようとするもののそれはコミックという形式の否定になってしまう。2巻も使って空気を精緻に描いてきたのに、ラストはダイアローグ。そして内田善美はそのまま休筆してしまった。



あとあの「少女」に何かを求めるのもイマイチピンとこない(^^;何かあるのかもしれないけどどうも玉葱のようで結局別に芯があるわけではないような。実際のところそれはガラスの玉葱で何かあるように見えているのはガラスに映った自分の姿であったり。



「空の色ににている」は冒頭の図書館での出会いからその密度の高い空気が伝わる。まあヒロイン浅葱が可愛いし。(少年マンガは江口寿史まではかなり面妖なヒロインが多くて、しばしば女装のように(中には今でも(^^;)すら見えることもあった。)ただ高校生にしてあまりにも性的な妄想が希薄過ぎてその辺りは仕方ないとはいえちょっと物足りない。ただ都合の良いのはモノローグを続ける主人公は男で−こいつに感情移入していると適当に補完できる。



この物語の面白いところはお互いが補完する形で何かが成就することはなくむしろ同じ形で同じ方向を見ているという二人がなんだか判らないけれど何かやっていくという進行形であるところ。



| アニメ・コミック | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
正太郎の回顧

新シリーズの鉄人28号アニメ。半ズボンを履いているわりには随分と内省的な自称少年探偵正太郎君。兵器として開発された鉄人28号に嫌悪感をあらわしている。しかしなんか変だね


金田博士との関係から正太郎君は1945年ころの生まれだと思える。のちの全共闘とも重なる。60年安保は15歳くらいかな。敗戦後で戦争はこりごりだ、という空気はあったとは思うものの、兵器に対してそんなに嫌悪感があっただろうか?


なんといっても「少年」に連載された時には兵器として開発され、誰だかわからない人物が勝手に作り上げ、敗戦後南洋からインド辺りをうろうろ(なんだか辻政信みたいな)していた敷島博士が鉄人登場のニュースを聞きつけ日本に戻ってくるという話しである。当時の子供が兵器として開発されたものは許せない!なんてことを考えていたらこの漫画はヒットするわけもない。現実には子供達は興味津々で人気が上がり原作者の意向を変えさせるほどのヒットとなっゆく


今では意外かもしれないがあの頃は「戦争ごっこ」もあった。敗戦後に大量の西部劇が流入したこともあり「インディアンごっこ」なんてものもあった。「インディアン嘘つかない」という、アレである。その時代に半ズボンで車を乗り回していた自称少年の正太郎君があぁもウジウジと考えるもんだろうか?


現実的に描こうとすればあんな動くたびに周りを破壊してしまう鉄製木偶人形にはいろいろ言い訳も必要かもしれないが、そんなに現実的に描くことあるんだろうか?


どうもこの嫌な感じは老いた正太郎君が昔を回顧する形でまるで自分は根っからの平和主義者で兵器としての鉄人に嫌悪を感じながらも社会の為に奮闘したというある種の捏造を感じるからかも知れない。



| アニメ・コミック | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/1PAGES |