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イマゴロ-BOOK-OFF移転話

なんというか今さらの更新。2011年の8月に南口(実質-東口)からの移転。南口の場所は旧Canon Zero One ShopからT-Zoneとなっていた場所。2012年5月現在、大規模な改装が行われている。

新たに店舗になった北口店は、カメラのドイ〜パチンコ・ミュージアムになっていたところ。その前は「人形の秀月」があった。サンロードと通りの交わるところからヨドバシカメラよりの位置。

前の場所が電車とパスの乗継にちょっと寄るにはいい距離で立ち読みコミックはかなりの賑わいを見せていたけれど今回の場所はちょっと離れている。もちろん中心には近いわけで結構いろんな層が利用している。フロアで客数が多いのはやはりコミックのある4階、つづいて1階かな。それで3階は結構空いている。ホントニ音楽固定ミーディアの時代は終焉を迎えつつあるのかな?地下一階が貸しスタジオになっている。ここが階段にBGMを流していてそれが1970年代ロック。懐メロ世代を誘っている?

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| 街衢 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
FF地下三浦屋は正式決定の様子。「三浦屋」は先行オープンさせる計画もあるとのこと

8日付け朝日新聞の多摩地区版にも掲載されている。現時点でFFのテナントは8割り方決定しているとのこと。

正式に復活。といってもかつてのサンロードのメインの自社ビルとはいろいろ条件も違う、FF地下の賃貸での再開はなかなか大変そう。順調に行ってほしい

JUGEMテーマ:日記・一般
| 街衢 | 20:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
復活の噂

ともかく空き店舗や改装しているところに復活するんではないかという噂は絶えずある。願望からでた真になるのかFF地下に三浦屋復活という話が出ています。

十分ありそうな話だけに正式に発表されるまではなんとももどかしい

JUGEMテーマ:日記・一般
| 街衢 | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
中道通り

吉祥寺中道通り商店会のサイトが昨年末に登場。特に意識的に誕生した町並みでもなくいろいろな条件で段々西へと伸びてきただけにほんとに様々。ここをまとめると言ってもなかなか大変そう。

merurido人によっては1970年代から面白いと思っていたかもしれないし。当時は芽瑠璃堂(地図では出店間もない東急がなぜか阪急になっていました。ちょっと京都風?)もありましたし。ジョン・サイモンやThe Fifth Avenue Bandのアルバムが入荷するって言うんで並んだ人だっていただろうし。間口一間という感じだったけど独特だった。ECは461以降の健康な時代がやはり良い、なんて話し聴きながら不健康なトリオ時代の方がいいかなぁなんて思っていました。ま、ECはそんなことに関係なくずっと不健康^^でギターとドラッグとsexしか頭になかったみたいだけど。そういや、バンビのメキシカンバーグもおいしかった。ヴェネチアン・グラスの店も1970年代からあったかな。

90年代の半ば位までは東の端側にもまだ古い日本家屋が残っていた。徐々に建て替えられて今はOSHMAN'S 吉祥寺店(ここも駐車場だったけど)の向かい側が印象的。80年代まではここにある駐車場あたりに市会議員選挙の開票速報の掲示板が立てられたりしてこれまた結構面白かった。その時点でもなんかレトロな感じがしたから。

やはり大きく変わってきたのは90年代か。多分バブルの性で吉祥寺の中心部(五日市街道-公園通り-駅-吉祥寺大通)内への出店のハードルがかなり上がったころから。そろぞれに嗜好性も高くてかなり高い趣味性をもった店もあったり。あとアニメスタジオがあったせいでたまに行列ができていることも。

なくなってしまったけれどよろづやさんも印象的だった。何度か前を通ると問屋のらしいけどなにか菓子を小分けして売っている様子で、入ると芋甘納豆や甘納豆、それにコワレを随分安く売っていた。たまたま入った時、やや奥に曙のダンボールが積んであって、つまりそういうところだとするとこれまた随分お徳と。この手の物を好きな人に贈ったりもした。そのうちに雑誌にも紹介されたらしくその場所を訊かれることもありました。

西へ西へと伸びてきて、紀ノ国屋裏、通称?外務省公園までコースとなったのははらドーナッツのお陰かな。このちょっと先にもギャラリーもあったりしてまだまだ伸びる?harappa

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| 街衢 | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
駅ビル

新宿店のオープンもあり、そのまま消えてしまうのではないかと心配する人もかなりいた、成り行きが関心を呼んでいた吉祥寺ユザワヤ。ひとまず丸井に移転した後現在の位置に新築される京王ビル(仮)に復活するとのこと。まずはめでたい。

長らくほぼ開店休業状態だった旧ターミナル・エコービルに登場した当時は貴金属や時計売り場もあったしインテリア売り場にはあふれるほどのタッセル(カーテン留め)、文具売り場には圧倒的なスタンプ類もありました。今はかなりシェイプアップされています。あの使いにくいアクセスの悪いビルでかなりのリピーターを生んでいるのですからやはり必要としている人が多いということです。

それにしてもあの旧ターミナル・エコービルはアクセスが悪いというのか回りとの交渉が決裂したというのか駅全体の視点がなかったというのか不思議な建物。かつてフル装備だったころは東京堂書店やらレコード店、楽器屋、ハヤミズ家具だのが入ってた。地下にはシズオカ屋スーパー。この書店、結構賑わっていた。というのも当時井の頭線の券売機横とロンロンは繋がっていなかった。今のフラワーショップ横の通路はありませんでした。そのため例えば音楽誌を買おう思もうとエコービル2階横の小さな書店(にあればいいけど)か1階に下りて通路を通ってロンロンに入ってエスカレーターを上がって行くことになる。というわけで南町や東町方面に帰る人は東京堂が便利だった。「ブックスいずみ」はロンロン連絡通路ができる前にはオープンしていたかな。実は今もロンロンが改装中でちょっとした本を買おうとする場合ユザワヤ地下の啓文堂へ行くというケースが結構あったりする。

しかも井の頭線のホームともなんとなくつながりが良くなく^^;2階のエプロンとも階段が数段あるし電車ホーム位置とはかなり急峻な狭い階段で繋がるという感じ。まあ2階を基本階として井の頭線のホームにあわせて3階展開、なんて考えてしまうんですが、なかなかそうはいかなかったんでしょうね。それに当初は高架にはなっていたものの吉祥寺大通りと井の頭通りが繋がってはいなかったんで、ホーム高さも変わる可能性があったんでしょうかね。

その地下も当初はロンロンの地下とは繋がっておらず(当時ロンロン側は終端位置)ここからロンロンに行くのはなかなか面倒な距離があったりした。あと南口通路横の地下(レストラン)街階段は降りてレストラン街を少しだけRに歩いて再び昇り階段へと繋がりユザワヤ1階に繋がるというなかなかの罠だったりする。

さてさて時を経てイマドキの設計ではどれくらいアクセス性がアップするのか?楽しみ

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| 街衢 | 17:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
秋気配

玉川上水沿いには栗も落ちている。そろそろ秋気配。あまり暑くならないうちに通り過ぎていくという感もあってなんだか張り合いのない夏だった。世間はなにやら少し騒がしい。ま、そのうち落ち着くでしょう。

そういえば7月26日にレコファン吉祥寺が閉店。客数が少なくそろそろと思っていたがやはりなくなると寂しい。最初にレコファンが出来たのは同じレンガ館モールの地下一階でも南の奥(今は食べ物やの倉庫)。1988年頃?CD時代にはなっていたもののまだアナログも現役。値段が安い(といっても今時と同じくらいだけど)のが売り。中古も扱っていたものの輸入盤の新譜もありで手頃に買える事がメリット。当時は昼夜を問わずそこそこの客数があった。それ以前のレコード店の客数に較べれば相当多いという感じだった。そこから1990年代には同じビルの3階エレベーター脇との2店舗展開になり、統合する形で90年代末には4階ワンフロア占有になっていった。賑わっている実感があったのは2店舗展開している頃かな。いつでも結構な客数があったと思う。

渋谷店も結構記憶にある。宇田川町の角、ペンシルビルの4階?だったかにあって屋外の階段を使ったのを覚えている。ここも昼夜を問わず結構客数があった。旧タワーレコードの傍だったのに値段で勝負できたんだろうね。1993年くらいまではここでそのあとBEAMSへ進出している。そういえば旧HMVの前にも店舗を出していたし。

吉祥寺では2000年代に入ってから地下1階に再び縮小される。それも最初の頃よりも面積は狭まる。この頃からたまに覗いてもあまり客数もないし価格的なメリットもないような感じだったね。

もっともいまやCD店どこもあまり客数はない感じ。決めうちで初回盤を狙うならネットショップだろうし、アルバム単位で考えない向きはネット配信で曲を絞って購入しているんだろうね。それも仕方ないか。というかこっちも買ってもすぐに聴かなかったりだし。TSUTAYAあたりで10枚位一挙にレンタルしている若年層を見ると結構驚くね。いまや貰っても聴かないような気がするし^^;

そういや学生なんてどこにいるの?なんて思うと、なぁんだここかぁ、という感じでBOOK OFFにいたりする。でも中古CDの棚は閑散としていてもっぱらコミックの立ち読みだけが賑わっている。ま、そんな感じの秋気配。

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| 街衢 | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
角を矯めて牛を殺す

折に触れ何かと伊勢丹吉祥寺店撤退のこと聞かれることがある。中途半端な建物が結局失敗だったと思う。催事場(駅弁大会とかね)も狭くなんとなく盛り上がらないし、こじんまりしてしまう。角を矯めて牛を殺す。百貨店のファサードはやはり迫力ある。何を象徴するかは時代よって変わるだろけどあんまり人の見てない方向にあっても仕方ない。地元の商店街との共存というコンセプトも上手くいかなかった。ま、今時のテナント・ビルであればセールなどでの協調も織り込み済みだしレイアウト変更、壁面装飾の全館展開などにも理解があるだろうけど。

もっともあの松庵から西荻窪駅に繋がる商店街だっていまやシャッター通りになっているわけで時代は変わる。

というわけで旧FFビル。元市会議員の方が現役時代に書かれたレポート。少なくとも伊勢丹吉祥寺店は2000年代に入るころには赤字に転じていたらしいね
議員日記 「蝪董Fショッピングセンター」突然解散のナゾに迫る! 2004年12月18日(土)

あのビル、確かに中心と思える地域にあるしそれなりの広さはあるけれど-上手い集客が思いつく?どうも使いにくい感じがする。良いアイディアが出るといいけど

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| 街衢 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
伊勢丹吉祥寺店 2010年3月上旬閉店

吉祥寺店に関しては株式会社伊勢丹における構造改革の実施について (PDF約131KB/2ページ) で述べられている

そうかぁ、というある程度納得している部分とそれはそうとしてやはり街のブランドを形成していた一つが消えるのは大きいと思うところもあります。ほんとに良いものを買おうと思ったら新宿(伊勢丹)にいきたくなるし、それほどでもないなら百貨店で買うこともないかな、になりそう。デパ地下でもそんなに芳しい雰囲気はなかった。生キャラメル売り出しなんかだと賑わっていたけど

元ターナミル・エコー部分の駅ビルは2010年に改築に着手する。ユザワヤ吉祥寺も一応閉めることなる。駅ビルの完成は4〜5年?掛かるとか。旧F&F部分にユザワヤが移転しないかな、という地元的な希望もあったり。でもLOFTと近接してしまうしね。

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| 街衢 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
三浦屋吉祥寺跡は靴店

長い間サンロードにあり多くの馴染み客がいたこともあり、その閉店に関しては妄想も含めていろいろな話がありました。復帰希望の声も多く、あのあたりに戻ってくるのではという話もいろいろ語られていた。

確からしいのは水周りも含めての建物の老朽化。推定できるのは駐輪場を含めた環境の悪さ。建て直しはなかなか厄介で数年は掛かりそうな感じ。そうはいっても本店だからなぁ、とまあ話は元に戻るけれど。

跡に入るのはチヨダとのこと。4月末にオープンらしい。なんとくなあのあたり靴店が増えましたね。

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| 街衢 | 22:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
2月一杯で三浦屋吉祥寺店閉店

一月頃に風の噂では耳にしたものの、どうもピンとこない感じだった。かといってガセで出てくることはなさそうな類の話。根拠なく流したところで言下に否定されることがはっきりしている。サンロードの中心に位置している重要な店。そこが閉店。

サンロードの中心に位置している、のも当然で大正からこの場所で営業していた。1970年にファミリー・プラザ・ビルを造りそこで高級食材を扱う三浦屋としてスタート。青山に紀伊国屋スーパーがあるように吉祥寺には三浦屋がある。この「クラス」の対比がそのまま「今の吉祥寺」を作ってきたと思う。それくらいの比重があった。また三浦屋の自社製造の惣菜が「おふくろの味」になっている人も結構いるように思う。直接店舗に行かない人でも間接的には食材を口にしているだろうし。

1980年代は年中混み合っているように思えた。井の頭通り店(旧丸井跡、位置的には現無印良品)もオープンした。南側に駐輪場もあるしサンロード店よりは多少空いていたので利用しやすかった。賑わいのピークはやはりこの頃かな。

最近の転換期は2001年6月に近鉄デパート跡に三越吉祥寺店が出店したとき。三越と言ってもここは1階と地階に食品フロア。このオープンの頃には三浦屋もかなり客数が減ったように思う。その傾向はロンロン、東急デパート、伊勢丹デパートとて同じ。で、ソレゾレがかなり肝の据わった勝負に出てきた。ロンロンにはザ・ガーデン自由が丘 吉祥寺店、東急はFood Showになり、伊勢丹はフーズ・マーケットとなりともにスーパーレジを採用。結果的にはソレゾレ客足も戻る。一方三越は早い段階で近鉄時代のデパ地下より陰り気味で2006年には撤退してしまう。スーパーレジを採用するところが増えて結果的に見えたのは三浦屋の売り場面積。食材のヴァリエーションが増えてきてもそれに対応することが難しい。自社製造の惣菜は人気があるにもかかわらずラックスペースは広くは取れずカートどころかカゴを持ってすれ違うのもなかなか大変。またアンテナショップ「麦わら帽子」のような産地直送の生鮮食品を扱う店も出来たことも影響したかもしれない。しかしこういった新しい試みに反応する吉祥寺圏民の、ある意味では食材に対するセンスを養ってきたのが三浦屋だった、と言ったら言い過ぎかな。

場所が場所だけに建て替えもなかなか難しいだろうし拡張も出来ず、という感じもわかる。が、なんとも釈然としない。「武蔵小金井に引越し」と言われてもどうもひっかかる。

それにしてもあの場所から「三浦屋さん」がなくなるというのは随分と寂しい。少なからず終末感すら。

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| 街衢 | 21:16 | comments(0) | trackbacks(1) |
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